蒐集(収集※)って、なんだろう。どうして物を集めるのだろう。エゴ、人格、政治的背景、何がそのモチベーションになるのだろう。現在ニューヨークのニューミュージアムで開催されている「The Keeper/ザ・キーパー」。
展覧会を見終えた観覧者たちは、冷めぬ興奮を友人同志でシェアし合ったり、心の中で自分との折り合いをつけるかのように黙って会場を後にしたり、皆それぞれが、明らかにそれを体験してしまった後の顔で帰途に着くのでした。※以下、収集を「蒐集」と書きます。
厚み3~4cmはある展覧会カタログ本。
”このエキシビジョンは、非合理であろうが、偶像愛好・蒐集行動をする人々についての展示である。アーティストやアーティストではない人々が、捨てたり失くしたりするのではなく、「貯め込んだり、数えたり、並べたり」することをテーマとしている。” と、アートディレクターのマッシミリアーノ・ジオーニ(Massimiliano Gioni)さん。
Webサイトでも紹介されているように、この展覧会では20世紀の一連の研究やポートレートをテーマとして、人が日常の物に特別な意義を与える多様なモチベーションを晒し、ある意味「セーフガード」として選んだ蒐集物を通して、多様な人々の物語を体験することができます。この世からいずれなくなっていくであろう、それらの蒐集物の聖域を作り出したコレクターや学者らの協力を得て実現した展覧会で、
展示方法の調査において、欲望という複雑な経済構造を加味し、本展は美術館の機能と責任についても表現。偶像破壊の亡霊が出現するように、「ザ・キーパー」展は、悲劇的な結末を逃れた写真や作品の数奇な人生を展示している。 Text: Aya Shomura http://www.shift.jp.org/ja/blog/2016/08/the-keeper/
とのこと。
ちなみにジオーニさんは2014年のニューヨークのメトロ・アートフェアでパネリストをしていた時にブログで紹介していますが、2013年の第55回ベネチアビエンナーレ「エンサイクロペディック・パレス」(Encyclopedic Palace)において、現代アートとともにアウトサイダー・アート、アールブ・リュットと言われる作品を同時に展示して日本でも話題に。
今回はビル4フロアを全て使用し、およそ30名の蒐集家と4000品以上の展示物を見せたもの。その展示品たちは、エンサイクロペディック・パレスを再現するかのように、ジャンルも時代もその境界線をサーフィンするような、ジオーニさんの軸のブレない姿勢が貫かれています。
アーサー・ビショップ・ド・ロザリオ (Arthur Bishio do Rosario)
爽やかなエントランスの1階からパンチのある展示が始まります。約50年間リオデジャネイロの精神病院に入院していたアーサー・ビショップ・ド・ロザリオ (Arthur Bishio do Rosario,1910-1989) の作品。様々な仕事をこなして生活の糧を得ていた彼はある日、自分が「神への捧げ物をするために選ばれた人物である」ことを語るキリストや青い天使を見るようになり、それを周囲に伝え始めました。するとそのまま強制的に精神病院へ収容されます。その後病院にあったシーツや日用品を使って作品を作り始めました。
アーサー・ビショップ・ド・ロザリオ (Arthur Bishio do Rosario)
ビル1階の次は2階へと順に上がって行くものなのでしょうが、何らか予感が走り、私は4階から下ってくることにしました。
4階
ヒルマ・アフ・クリント (Hilma af Klint,1862 - 1944) の絵画作品と、 レヴィ・フィッシャー・エイムズ (Levi Fisher Ames, 1843 - 1923) の作品が壁を埋め、会場の中心には、キャロル・ボーヴ (Carol Bove, 1971 - ) によるCaro Bove Carlo Scarpa が展示されています。
ヒルマ・アフ・クリントはスウェーデンの画家で神秘主義者。幼少から幻視を見るようになり、1880年の彼女の妹の死後から深くスピリチュアリズムに傾倒し始めました。スイスの王立アカデミー美術学校で5(de fem)というグループを作り、異世界の「高次の主たち(Higher Masters)」 とコミュニケーションをして、自動筆記で絵画を作成。1906年に ”スピリチュアルガイド” にリードされ、中心に向かって神聖な幾何学模様が配置された一連の作品制作を開始しました。ルドルフ・シュタイナーと人智学に影響を受けた彼女は、当時のメインストリームのアート界とは一線を引いて独自に制作を続け、自分の死後20年は作品を世に公開しないことを言い残してこの世を去りました。
どこかフリードリヒ・ゾンネンシュターンを思わせる色合い。この幾何学に関しては、アツコ・バルーさんのブログでエマ・クンツ (Emma Kunz) と比較されていたのが頷けます。後で紹介するオルガ・フレーべ =カプテイン (Olga-Frobe Kapteyn) や、雪の結晶を撮影したウィルソン・ベントレー(Wilson Bentley) らの作品にも共通して見られるこの幾何学や神智学性は、天文学者のジョン・ミッチェルからニコラ・テスラ、バックミンスター・フラーまで・・・解き明かす事は難解ですが、ただとても素直な直感として、「この人何か知っているんじゃ?」と思う感覚は大事にしたいところです。
3階
写真を繋ぎあわせて3階の1部屋を再現。ここでは20世紀に実際あった、数々の「歴史に隠れた歴史」の展示。当時の同性同士、父子、人間と動物の性行為など、思わず近寄って見てしまうものから、笑みがもれるユニークな特集も。このどこか学園祭の研究発表風の掲示板がストーリーの深刻度合いを中和していて、楽しんで見て回ることができます。
とはいえ、20世紀初頭の同性愛事情の記録にかぶりつく観客
また、かぶりつく観客
そんな我々を上から眺める鶏の剥製。
一方、女々しいジェスチャー (Some Faggy Gestures) の特集の前で、女々しいポーズを取ってくれるマッチョ男性2人組。中世の貴族たちのポートレイトを見て「そうよね、ちょっと今みたら変よね」とつぶやくカップルや、それに同意する集団が合流して井戸端会議になっていました。
オルガ・フレーべ =カプテイン(Olga-Frobe Kapteyn, 1881 – 1962)。資産家のオランダ人両親の元、ロンドンに生まれてスイスで育ったスピリチュアリスト・神智学者・研究者。彼女の作品は”瞑想のドローイング”として制作されたもの。先に挙げたヒルマ・アフ・クリント や、スコッティ・ウィルソン (Scottie Wilson) の空気感を彷彿とします。
オルガ・フレーベは1920年にインド哲学と瞑想を学んで神智学に目覚め、宇宙のシンボルとアーキタイプ(原型)を 追求。これを "エラノス・アーカイブ (Eranos Archive)" として、これに共鳴したルドルフ・オットー、カール・グスタフ・ユングの存在もあり、研究が進みました。
ある日、オルガ・フレーベ=カプテインに、直感的経験が訪れる。世界は多様化したが、世界観はイデオロギーでむしろ単純化され、二分化し、争いを繰り返している。政治、経済はいうまでもなく、世界は宗教の差異において、本来真理を自由に追究する哲学的見解においてすら、分裂の危機に瀕している。その統合的再生のほか、霊性の飢餓ともいうべき状況を打開する道はないと彼女は思う。http://www.keio-up.co.jp/kup/sp/izutsu/doc/x3y9.html
この研究は後にThe Archive for Research in Archetypal Symbolism (ARAS)として引き継がれ、様々なテーマで6000以上の画像がシンボル別に分類/比較研究されています。ちなみに日本では鈴木大拙、井筒俊彦、上田閑照、河合隼雄らも関わったという「エラノス会議」についても、検索してでてくる情報は興味深いものがあるので、気になる方はどうぞ。
3階の別の部屋。中心にそびえるのは、ヴァンダ・ヴィエイラ=シュミット (Vanda Vieira-Schmidt,1949 - ) さんの30万枚を超える抽象画を集めたもの。
左手の壁にはバーモント州生まれの農夫、ウィルソン・ベントレー(Wilson Bentley, 1865 - 1931) の雪の結晶の写真集。ベントレーさんは世界で初めて雪の結晶を顕微鏡写真に収め、1904年にナショナルジオグラフィックで紹介されました。「顕微鏡で見た雪の結晶は奇跡のような美しさでした。この美しさが人の目に触れないことは残念だと思ったのです」とベントレーさん。2つとない結晶の写真は、生涯で5000枚を超えていたといいます。日本では江本勝 (Masaru Emoto)さんが水の結晶の写真を撮影して世界中で話題になったこともありますが、自然の創りだす神秘的な形状に気が付き、夢中になる人は多いようです。
展覧会カタログから。ウィルソン・ベントレーと雪の結晶の写真。
同室、右手の壁には1980年からニューヨークに住む神奈川生まれの日本人作家 ユウジ・アゲマツ (Yuji Agematsu, 1956 - )さんの作品。フリーズ (Freiz) でも紹介されています。タバコの箱サイズのセロファンケースが壁際に並んでいます。中にはシール、髪の毛、ガムとか何かのカスのようなものが。なんと、その日道端で広い集めた物を、日別でセロファンケースにまとめているのです。
一緒にメモが展示されています。ここでふと「この手記を読めるのってこの会場で私だけなんじゃ?」と、不思議な優越感が湧き、異常に大袈裟に頷いて得意な気持ちになりました。(が、誰も興味を示さなかったので、次の部屋へ移動。)
フランスの文芸批評家、社会学者、哲学者、ロジェ・カイヨワ(Roger Caillois, 1913 - 1978)の鉱石のコレクション。神話、戦争、遊びから夢まで多岐にわたる研究をした著名人。こんな美しい石があるのかと観客が写真撮影に夢中でした。
まさに宝石の輝き。素晴らしいコレクション、の一言。
2階
通路両側にびっしりと並べられた大竹伸朗 (Shinro Ohtake, 1955 - ) のスケッチブック
The house of Peter Fritz preserved by Oliver Croy and Oliver Elser. アーティストのオリバー・クロイが、1993年にジャンクショップでゴミ袋に包まれた387個の家の模型を発見。批評家のオリバー。エルサ-と探した結果、それがオーストリア人の保険の販売員ピーター・フリッツのものであることが判明しました。どれ1つ手抜きがなく、大切に作られた様子が滲み出ています。
そしてこの後、冒頭の写真でもあるこの展示のメイン「パートナーズ:テディベアプロジェクト(Partners: The Teddy Bear Project) 」の会場へ。
足を踏み入れた途端、空気が豹変。思わず鳥肌が。2部屋にわたり、3000枚のアンティーク写真たちが壁中に展示されています。
かぶりつきで写真に見入っている女性。それもそのはず。写真をよく見てみると、ほぼ全てにテディベアが映っているのです。
ここにも、(とあるチームとテディベア)
ここにも(。。。本物のクマ?)
そこにも、(ナチスの隊員の家族とテディベア)。
この3000枚の写真は全て分類して壁に貼られているため、連続したストーリーの面白さを随所に発見できます。どの壁面から眺めていても飽きることがありません。
例えば「ナチスの将校たちとテディベア」や、「武器を持った子どもとテディベア」、「学校の集合写真とテディベア」など、社会的ポジションや背景で分けられているのです。特に第二次世界大戦で失われた取り返しのつかない「モノ」を、この展示で展開していることが徐々に伝わり、強烈な印象として心に刻まれていきます。
それにしても、この分類作業と手順!考えるだけで膨大な時間と精神力を要することが伺えます。
これを成し遂げたのは、トロントのユダヤ人キュレーター/蒐集家のイデッサ・ヘンデルス (Ydessa Hendeles, 1948 - )さん。彼女が作り上げた ”事実に基づいた調和と不協和音と共鳴(Cognitive consonance, dissonance and resonance) と彼女が呼ぶ世界。そこには本当に写真や人形というものを超えたエネルギーの共鳴を感じるのでした。
ちなみにヘンデルスさんは2015年に"From her wooden sleep..."という展覧会でも、時代・社会・制作背景で分類した150体の木製の人体模型マネキンを集めて話題になりました。シュルレアリスム等のアートジャンルを好む方々には堪らない展示会だったのではないでしょうか。このリンクより"From her wooden sleep..."の動画が見られます。ここからも尋常ならざる場の空気を感じ取れますので、是非ご観覧ください。
"From her wooden sleep..."の動画より
身を乗り出して覗きこむ観覧客
大事に長年添い遂げた、これもテディベア
展覧会のクローズまでに、必ず、必ず、もう一度足を運ぼうと思っています。
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