諸用あって先日まで日本に滞在していました。その間に、渋谷ヒカリエで開催中だった 『アウトサイダーアートの地平』 (主催:小山富美男ギャラリー 協力: MEM 小出由紀子事務所) へ。
アール・ブリュット という単語ではなく、アウトサイダーアート という言葉を使用しているのが、すっきりと腑に落ちます。日本では「アール・ブリュット」と「障害者」という単語が並べて在ることが多いですが、本来、アール・ブリュットとは障害者によるアート作品を指すものではありません。
小出由紀子さんと小山由紀夫さんという凄いタッグで、その作品群は美術館で開催してもよいレベル。なかなか見られないこの豪華なラインナップ。アートフェア東京の後ということもあるのでしょう。偶然居合わせた方は幸運です。
アンナ・ゼマンコヴァ (Anna Zemankova)
坂上チユキ (Chiyuki Sakagami)
ドナルド・ミッチェル (Donald Mitchell)
ジェイ・ビー・マリー (J.B. Murray)
マッジ・ギル (Madge Gill)
ヨハン・フィッシャー (Johann Fischer0
アウグスト・ヴァッラ (August Walla)
ハインリヒ・ライゼンバウア- (Heinrich Reisenbauer)
フランツ・ケルンバイズ (Franz Kernbeis)
ジェイムズ・キャッスル (James Castle)
山本純子 (Junko Yamamoto)
成瀬麻紀子 (Makiko Naruse)
オズワルド・チルトナー (Oswald Tschirtner)
ハラルド・ストフェス (Harald Stoffes)
マイケル・デイブ (Maichel Dave)
(順序不同)
雑音が密集する渋谷とビルの中とは一線を画し、ひんやりとした空間。しかし一旦額の中を覗くと、渋谷のスクランブル交差点以上の交錯した緻密な世界が広がっています。
まるで「渋谷台風」の目の中で、小さなのぞき窓から外の喧騒の世界を見ているような、そんな感覚も起こります。
アンナ・ゼマンコヴァの作品。2012年に学芸員の服部正さん(現・甲南大学文学部人間科学科准教授)の尽力によって開催された、兵庫県立美術館の「解剖と変容」展で紹介され、日本でも広く認知された作家の一人。
「他のどこにも咲かない花を、私は咲かせる」。冷戦下のプラハ、主婦アナ・ゼマンコヴァは50歳を過ぎて上を描き始めた。 -展覧会の解説より
よくみると、この展覧会では全ての作品タグに値段が明記されています。この作品は194万4千円です。そのくらい、するもんなんです。
アートとはただ眺めるだけのものではなくて、買うものである。日本においてそんな認知をまず広げるためにも、アート購買を促す手法として有効に思いました。
カリフォルニアのクリエイティブ・グロウス・アートセンターより、ドナルド・ミッチェル。
様々な陣形で描かれ、無尽のヴァリエーションをみせる。これらの人物が何を意味するのか、ミチェルは答えてはくれない。 -展覧会の解説より
自分がしていることや、創りだしたものについて、それを人に説明する責任など、どこにもないのです。
かわいい絵柄が並ぶこの作品は
オーストリアのグギング・ミュージアムから、ハインリッヒ・ライゼンバウアー。
長い間、閉鎖病津に住んでいました。彼にとって1986年意向、グギングの「芸術家の家」で楽しんだ自由は、あまり必要でなく、作品には活かされませんでした。(中略)ライゼンバウアーが大きなカンバスの作品に取り組む時には、不安を克服しなければなりませんでした。カンバス上で修正の出来ない黒いマーカーの輪郭の絶対性は、最初、彼には困難なように思えました。今日では、以前の彼の寡黙さは、大作にも精通し成熟してきています。 - 展覧会の解説より
出来上がった作品の愛らしさからは想像が仕切れない、人生の葛藤が汲み取れます。
写真撮影を失念しましたが、日本人の作家も紹介されていました。成瀬麻紀子さんの作品は実物で初めて拝見。作品はここからどうぞ。
週刊新潮の表紙絵を担当する画家の成瀬政博、現代美術家の横尾忠則は伯父にあたる。高校卒業後、統合失調症を発症・自宅にこもり、19歳の頃からひそかに描き始めた。-産経新聞 (成瀬麻紀子さんのサイトより)
仕事や作品など、出来上がったものだけを評価することは公平ですが、私はやはり人に注目します。これには様々な見解あるでしょうね。
中野のアールブリュットの冊子なども置いてあり、日本の施設の現在の取り組みの様子なども知ることができました。
ところで、この写真を撮った後で気がついたことがあります。それは、鑑賞者と作品の距離感です。みんな妙に作品に近い。ぎちぎちに近寄って見ようとするので、座っていた係りの方が声をかけようかと、何度も腰を浮かしては座り直していました。
別の展覧会の写真と見比べると、この「作品との距離・間合い」がわかりやすいです。例えば以前ご紹介した、クリス・オフィリの展覧会での写真。
写真:過去記事 うんこが食べたい。クリス・オフィリ@ニューミュージアム より。
もちろん作品サイズや会場の広さなどは明らかに違い、正確に比較はできないのですが、それにしても、と思います。
これがアウトサイダー・アートやアール・ブリュットなどの作品をみる人たちの、正直な心の現れなのではないかとも思います。みんな、物凄く作品に近寄ってみたくなるんです。
なんだこれは? と思い何かを確かめに近寄るのでしょう。これを興味・関心というのでしょう。
そういえば音樂を聞く時は、演奏者に目前10cmまで近寄る必要はないし。路上で気になる人に出会っても、怖くてそんなに近寄れなかったりしますね。(↓例)
写真:過去記事 路上の人 より
展覧会に行った際、アート作品と鑑賞者の距離を気にしてみるのも楽しいかもしれません。