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アメリカぷるぷるアート観光 Altruart in America

ニューヨークより心が震えるアートの紹介。障害とアート/アウトサイダーアート/アールブリュット/現代アート/NPO団体/アートフェア/美術館/おもしろグッズ etc.

未だにそれを無視しているんだ。 ゼイビエ・ドネリー

 

 


夜中考え事をしながらソーホーを歩いていたら、ビルのショーウィンドウにアート作品を見かけた。
私のレーダーが反応した。

この作品は、ゼイビエ・ドネリー (Xavier Donnelly) さんの作品。
スコラスティック (Scholastic) という、全世界の子どもに可能性をひろげるための本をつくろう、というミッションの出版社のウィンドウで、ゼイビエさん自信の読書体験とともに作品を紹介したものでした。


 


https://artmarkit.com/blog/art-to-art/art-to-art-xavier-donnelly/

 


「ぼくは成長過程で言葉が発声出るのが遅かったことも幸いして、何時間使って何度も本を読み、イラストの上に指を走らせ、自分の想像の物語を作り上げていったんだ。その自分の想像力は本を超え、床、おもちゃ、木のブロックにも広がり絵を描いた。幾度と無く同じ本を読んだけれど、自分がどんな視点でみるかによって、そのたびその本はまったく違うものになった。」

 

 

 

 



"All the signs pointed but I ignored them still"
全てのサイン(指示)は行く先を示していたけど、僕はそれを未だ無視している。


道に立ち止まって、何度もよんでしまいました。

決められた何かにのる必要はない。何か宇宙規模で決まっているような運命も
無視することはできる。それもまた含まれた道しるべなのかもしれないけれど。

ところでこの数ヶ月、色々と考えることがありまして、ブログアップをしていませんでした。改めて障害とアートのこと、自分のことなど考えるような時間でした。


ゼイビエさんの作品。 ©Xavier Donnelly



7月に武蔵野美術大学にて講演をさせていただいた際、視覚障害のある方のエピソードをお聞きしました。

全盲の方なのですが、いわゆる担当の先生が彼が目が見えないことに対して「才能がある、素晴らしいことなんだ、個性だ!」と賛美したところ、
「じゃあ、先生も、目えつぶしいや」
と返ってきて、先生絶句。 という話。


障害というのは個性だし、それで持って生まれた才能もあるからいいのか。
障害というのは、治るなら治ったほうが「いいに決まってる」のか。
当事者とそのご家族にとっては、何いってんだ?と思われようなことを書いているかもしれませんが。

私には判断ができず。ただ、違った視点から同時に感じられるような自分でいたいと思っています。

できることは、作品が素晴しければ、それを色んな人に紹介すること。手がないからドアを開けてくれとなれば、開けること。治りたいと切望しているひとが治ったら、治りましたね!!!ということだけだと。


人のすすめで、難解ですが
ヘレン・ケラーまたは荒川修作 という本を少しずつ読んでいます。